数ミリの差というものが、印象の大きな違いを生むということをデッサンの習作を積むことによって学んできたに違いない。そしてまた、自分にとって「よし」とするものの判断が厳しかった。曖昧な気持ちのまま、適当に選んだりしない。一つのものに潜む、色、形、イメージといった幾つかの要素を見極め、本当に納得したものだけを選ぶ習慣を持っていたのだろう。そうして選ばれたものは、なによりも「彼女らしい」表情をしていた。ある時、彼女がその細い首によく巻いていた、葡萄色のネッカチーフを貸してもらったことがある。パリっぽいニュアンスのちょっとクシャッとしたコットンローンでできていた。青山の古着屋でみつけたというそれは、色白の彼女によく似合い、もはやトレードマークのようになっていた。でも、と私は思った。その色は私も好きな色。私にだってきっと似合うわ。そして学校の洗面所に走って行って、鏡に向かった。しかし、鏡に映った自分の顔に思いがけない違和感が走った。ネッカチーフが彼女の顔を求めていた。それの「主人」は私ではなかったのだ。一枚のネッカチーフにも、持ち主のスタイルがすでに宿っていた。ネッカチーフはすでに彼女と相思相愛の関係を築いていて、だから、もう他人の入り込む余地はないのだった。彼女はまた、ものの形を正確に見分ける力も訓練していた。服の形、それを着る自分の体の形も分解し、読み取る力を持っていた。球、三角、四角、円錐形……。それらのなかでバランスのよい形と形の組み合わせを考える。そして彼女の服の色遣いは、いつも独特の美しさをもっていた。淡いブルーのシャンプレーのシャツにモーヴ色のセーターを肩にかけたり、カーキ色のダボッとしたアーミーパンツに、薔薇色のぴったりしたTシャツを着たりする。彼女は厳密に色を判断する力もあったのだろう。一つのリンゴの中にあるさまざまな赤、朝食の後の白い皿の上に残った、パン屑の茶色と皿の白とのコンビネーション。夕焼けの空の中に潜むあらゆる色や、駆け足で過ぎ去った騨雨のあとの街の色がどう変化するかまで、その微妙な差異やニュアンスに敏感だったに違いない。普通の人が大ざっぱに「赤」と感じるところを、彼女は黄味がかっか赤とか、白の混ざったピンクに近い赤、などと分析して観察していくことができたのだと思う。ある色とある色を組み合わせた時に一番美しい色になるのはどのくらいか。この色にこの色の分量ではしつこい、締まりがない、などと考え計算していく。それも絵を描く人にとっては当然のことだったのかもしれない。